蓮田車站納地記念碑

1885年(明治18年)大宮〜宇都宮間の鉄道が開業しました。その開設にともない、蓮田地域の蓮田村や黒浜村を路線が通過することになりました。そこで、飯野吉之丞を代表とする人たちが、岩槻町に最も近い位置にあり、産物の運搬・乗客の便利に適当だとして、綾瀬村大字蓮田に駅の設置と停車場敷地の献納を申し出ました。用地として、個人所有の土地8反5畝6歩(約8450u)が提供され、1885年(明治18年)7月16日に蓮田駅が開業しました。 1903年(明治36年)11月に東北本線蓮田駅開業に尽力した飯野吉之丞・田口命助・吉田源左衛門・長谷部左衛門・小山丑松・斉藤米吉の功績を後世に伝えるために記念碑が建立されました。碑には次のようなことが書かれていて、郷土の先人である多くの先覚者の熱意と努力により駅が開設されたことを示しています。 「蓮田はもと岩槻城西の一寒村でした。この頃は人煙もまれで、樹木が多く、原は蓬や野茨にとざされ、時々芋の畑瓜の畦に鋤をかかげた農夫をみかける程度でした。東北線が大宮町から分かれて綾瀬川を渡り蓮田を通って北に向かうことになり、雑木や茅をのぞき、うっそうたる叢をおこし、土をけずり桑を抜く工事が行われた。はじめ、人形の町岩槻が車站(駅)に予定されたが、所謂誘致土地献納運動を、飯野吉之丞・田口命助・吉田源左衛門等が首唱し、あたかも蟻の甘い蜜につくが如く共鳴を得て、遂に蓮田車站設置が決定されたのでした。そして、酒店、果物屋をはじめとして商舗が建築され、瓦葺の二階建て、明るい軒燈がともり、林と草原は一変して、賑やかな駅前通りが現出した。時に当時の人達は『蕭索の三郷を繁華の巷に化すことは国利民福の事業なり』として同志が大同団結して車站納地を敢行したのでした。所期の目的を果たして10余年、同志の中に欠くる人もでてきたので当時の積極的な気概や就労の概要を記し、これを後人に伝うることも又百年の計ならずやと謹んで建碑したわけです。」(蓮田駅開設75周年駅庁舎改築竣工記念「蓮田駅開設の栞」より)
平成25年3月、蓮田駅西口駅前交通広場竣工に伴い、旧122号踏切脇から蓮田駅西口前に移設されました。


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