芥川龍之介の撰文碑

根金の稲荷神社の境内に、大きな石碑が残さ れています。これは、芥川龍之介による自撰(じせん)自筆のものです。刻まれた 碑文は、龍之介と親交のあった蓮田市出身の関口平太郎の善行をたたえたもので、 「正直の頭に神宿るとはかう云ふ人」と、平太郎に最大級の賛辞を贈っています。 全国で数少ない龍之介の碑文の中で、これは最も古いものとされ、さらに自撰自筆 の碑はこの稲荷神社の石碑だけということで、大変貴重な研究資料となっています 。関口平太郎は根金地区の農家に生まれましたが、幼いころに病気を患い、足が不自 由になったため、按摩師(あんまし)になりました。「生まれつき情深い人」だと記されていたことからもわかるように、平太郎は子ど ものころから、困っている人を見過ごせない心の優しい人物でした。彼は自身の困 難にもかかわらず、明治38年、東北地方が大飢饉(ききん)に襲われたとき、子ど もたちに筆や墨・紙・教科書などの学用品を贈りました。また、大正5年、平太郎 の出身地である平野村などに、就学奨励金を寄附しました。こうした数々の善行をたたえた碑文が書かれたのは、大正6年、平太郎33歳、龍之 介25歳のときです。当時龍之介は、花形流行作家として名声が高まってきていたこ ろでした。平太郎は現在の東京都新宿区で按摩業を営んでいました。彼は名按摩師 と評判が高く、いつも患者でいっぱいでした。一時期、近所に住んでいた龍之介が 平太郎の治療を受けたことによって、二人は知り合ったと言われています。以来、 二人の親交は龍之介が35歳で亡くなるまで、長い間続きました。

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