丸城、天満社、白岡八幡宮、御殿場公園、堂山公園、蓮田駅(後半コース)

<

<本文>もっと歩きたいという方は、白岡駅から東武ストア方向に進み、その先のY字路を左に行きます。病院を右手に見ながら、宇都宮線に沿って蓮田方向にすすみます。約800mで論証踏切です。踏切を渡らずに右折し約100mほどで南新宿の鎮守の稲荷社が見えてきます。

稲荷社前の道を右方向に約100m進み、酒店前を左手に約600mすすむと、宇都宮線の踏み切りにでます。 踏切の反対側にセキスイの工場がありますが、この地には次のような話が残っています。(古老の話し)

踏切を渡らずに右方向に小道をすすむと椿山の住宅地に入ります。400mほど先に陸橋が見えてきます。150m先の右手に御殿場公園があります。

御殿場公園の前を通りぬけ北への道をたどると御林(おはやし)の踏切に出ます。(御林については黒浜パート2参照)この先は道が細くなるので左折して広い道路を行きます。踏切の反対側にセキスイの工場がありますが、この地には次のような話が残っています。(古老の話し) 御殿場公園をあとに線路に沿って約800mすすむと元荒川につきあたります。そこを左折し 宇都宮線下をくぐり荒川橋を渡ります。100mほどで宇都宮線の踏切があり、堂山公園正門です。踏切を渡ったらすぐに堂山公園です。

堂山公園 堂山公園は飯野翁の生家のあった屋敷地で遺族によって蓮田市民のために寄贈されたものです。公園の広場には翁の銅像がたちその功績を称えるとともに、市民の幸せを願って見まもってくれています

蓮田駅駅頭にたち、昭和初期の様子を思い出してみますと今はあさひ銀行のビルがありますが、ここには田口医院があり右には人力車の店、馬車屋の店があり料理屋、菓子屋、薬屋、雑貨をあきなう店が何軒かあり、運送屋、医者やあさひ銀行の前身の武州銀行があり、甘藷問屋、新聞店、お茶屋、足袋屋、金物を商う店などがあったそうです。駅が開設して40年たった頃でもまだひなびた村のたたずまいのようでした。当時の産物は米や麦のほかに甘藷が作られていたようです。まだ特産の梨などは作られていませんでした。鉄道を利用して勤めにゆく人はありませんでした。浦和方面に行く学生が何人か利用していました。

今あるいてきたことがうそのように感じられさわやかな疲れを感じます

   
     トップページに戻る