黒浜貝塚

黒浜貝塚(くろはまかいづか)は、関東地方を中心とした縄文時代前期中葉「黒浜式土器」の標式遺跡・貝塚として、昭和50年3月31日に県指定史跡に指定されていました。
その後、蓮田市教育委員会では詳細確認調査を実施し、後述する成果が得られました。
その結果、『本貝塚は学史上著名であり、南関東の自然環境の変遷や当時の生業を考える上で重要であるとともに、集落の構造は、中期以降顕著となる環状集落の萌芽とも見られ、集落の変遷を考える上でも貴重である。』とされ、平成18年7月28日付け文部科学省告示第111号により『国指定史跡』に指定されました。
黒浜貝塚(くろはまかいづか)は、平成12年から17年の確認調査により、集落中央部分には北側谷部に向かって開口する東西約50メートル、南北40メートルの凹地状の広場を取り囲むように、住居跡31軒、土坑40数基、生活面廃棄貝層5ヶ所が存在し、集落(村)の規模は、東西約150メートル、南北約95メートル程の範囲に広がることが確認されました。
黒浜貝塚は、「黒浜式土器」の名前が付いた標式遺跡として重要であるばかりではなく、
意図的な凹地(広場)の造成、生活基盤の一つである貝殻採集のための硬砂層の利用等、当時の蓮田市周辺の自然環境を熟知し、調和を図った生活組織構造と人々の具体的な行動様式が垣間見える成果を窺い知ることができると考えています。
また、椿山遺跡などほぼ同時期の遺跡が谷を挟んで形成されているにもかかわらず、椿山遺跡内では貝塚が形成されず、黒浜貝塚では貝層が形成されるという同様な環境の中でも対照的な集落が形成されている点も特筆されます。
これらの調査成果を基に、元荒川に進入していたと思われる海水域を生活舞台とする縄文人達のより詳細な社会構造、意識構造を理解することも可能であり、今後は周辺遺跡も含めた構造把握を行うことにより、国指定史跡「黒浜貝塚」がより理解できるように細部にわたって調査を実施していきたいと考えています。

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